2012年12月23日

Book『ふがいない僕は空を見た』

北京を卒業した友人の家に、「要るもん何でも持って行って!」ということでお邪魔した際、数ある書籍の中から、なぜか

「これ、エロ小説なんだけど・・・。」

と手渡してくれた本が、コレ。


なぜ、他にもたくさん本はあったのに、これを特に手渡しにしてくれたのか、しかも「エロ小説なんだけど」という注釈つきで・・・というのがちょっと謎だったのだけど、西原理恵子さんの『ぼくんち』が大好きとか、そういう前提により、他の人には誤解されそうなこの本も、我々ならちゃんと読んでくれるでしょう、という思惑があったのか・・・。

たしかにこの本は、「女による女のためのR‐18文学大賞」受賞作ではあるけれど、2011年本屋大賞第2位&山本周五郎賞も受賞しているので、ただのエロい小説では無いはず。
本屋大賞作品は、帰国の度にチェックしていて、埋もれがちな面白い作品を拾ってくれるので、楽しみなのです。

で、帰宅後、読書できるまとまった時間は無いものの、細切れの時間をつないで、数ページずつ読み、最近やっと完読。

いやーーーー!
面白かった!
文庫の書評を重松清さんが書いているぐらいだから、ただのエロ小説じゃないでしょーと思っていたけど、エロの部分はまぁ村上龍とか、そういうことですよ。

この本をくれた友人に感謝☆☆☆

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それでね、主人公(的な存在)の男の子のお母さんが助産院を経営している助産師なんだけど、助産院なので、自然分娩を希望する人が病院ではなくて、助産院を選んでやってくる、というくだりがあるのね。
以下、その助産師さんのモノローグ。

自然、自然、自然。ここにやってくるたくさんの産婦さんたちが口にする、自然という言葉を聞くたびに、私はたくさんの言葉を空気とともにのみこむ。彼女たちが口にする自然、という言葉の軽さや弱さに、どうしようもない違和感を抱きながら、私はその気持ちを言葉に表すことができない。乱暴に言うなら、自然に産む覚悟をすることは、自然淘汰されてしまう命の存在をも認めることだ。

ここを読んで、心の中にあった気持ちが文章にされて目の前に出されたみたいで、深くうなづいてしまいました。

昨年の出産時にも書いているけど、わたしは筋腫摘出手術と出産を同時に行ったので、帝王切開で産んでいます。
筋腫はかなり大きくて、多発性だったので数も多く、それはもう妊娠初期の段階でわかっていたので、最初から帝王切開にすると医師と決めていました。
もともと、自然分娩に拘りはなく、とにかく母子ともに安全に出産ができればそれで良い、と思っていたことと、中国は帝王切開が主流で、医師も帝王切開に慣れていて、北京で同じ手術をした方々からも、中国の産婦人科医の帝王切開手術の技術はすごく高い、と聞いていたので、その選択に何の迷いもありませんでした。

でも、妊娠時に日本人の友人に

「筋腫もあるし帝王切開の予定」

と話をすると、

「え?筋腫があっても自然分娩できるのに・・・」

と言われたり(←筋腫の場所によっては可能ですが、大量出血の可能性が高いため、自己輸血用の血液を先に取っておくことが多いようです)、何か悪いことを聞いてしまったような反応が返ってきたりして、むしろその反応の方に違和感を感じていました。

この小説の中でも、自然分娩が上手くいかず、帝王切開になってしまった妊婦さんが「母親失格ですね」と泣く場面があるのだけど、実際にネットの掲示板を見ていても、帝王切開では母親として失格、出産に失敗した、みたいに思っている方が結構いるみたいで、その事実に驚きました。

もちろん、自然分娩で問題無く産める方は、それでいいと思うのです。
ただ、出産の方法に序列など無いと思うのですよね。
先にも書きましたが、最大の目標は、母子の安全ということ以外にないと思うのです。
出産はゴールではなく、子どもにとっては人生のスタートだし、親に取っても子育てのスタートなのだから、ここで体力を必要以上に消耗してはいけないと、わたしは思うのです。

江戸時代の方法で出産をさせている産科医院も日本にはありますが、それも、問題無くそれができる方はいいと思うのです。
ただ、今は高齢妊娠が進んでいて、わたしなんかは、41歳で妊娠、42歳で出産をしています。
江戸時代に、そんな初産の妊婦はまずいないはずなんです。
江戸時代の方法で出産をするなら、10代後半か20代前半で出産をすべきなんじゃないか、と思うのです。
「15でねえやは嫁に行き〜」という時代の妊婦と、現代の妊婦は年齢も違うし、普段の家事労働の体力も違います。

昔と違い、今、こんなに高齢出産が一般的になったのは、医療の進歩があるからで、“自然”に拘るなら、その淘汰も避けられない、というのは、本当にそうだと思うのです。

帰国時にも、高齢出産なのに、自然分娩を奨励されて、もともと高血圧の症状はなかったのに、長時間陣痛で苦しんだ後、出産後高血圧で薬が手放せず、2人目は無理、と言われてしまったという方や、医師が自然分娩もできますよ、と言ったので、じゃぁ、と選択したら、実は「できないこともない」レベルだったらしく、大変苦しい出産で、そんなリスクがあったのなら、最初から「できないこともないけど、自然分娩の方がリスキーです」と言ってくれていたら帝王切開で良かったのに・・・という方々にお会いしました。

医師の中にも、ギリギリまで自然分娩で行った方が良い、或いは妊婦さんがそう望んでいるのだろう、と勝手に解釈して、リスキーな選択をして、話を聞いていても、それは訴訟できるのでは?と思うような事例が、高齢出産では結構あるようです。

なんというか、これが、小説に書いてある“自然”という言葉の呪縛みたいなものなのかな?と思いました。
日本以外の先進国では9割が無痛分娩だとも言われている中、自然分娩が“主流”という位置づけを超えて、自然分娩で苦しんで産まないと母親失格、という呪縛があるとすれば、それはどうなんだろう・・・と思うのです。

もちろん、出産時の年齢に関わらず、自然分娩で問題無く産める方は、その選択をされたら良いと思いますし、そこに何の問題も無いと思います。

実際にはわたしの周囲では、無痛分娩や帝王切開で産んだ方が多いのですが、日本にいるときに意外とそういう風潮を感じることが多かったので・・・。
何らかの事情で帝王切開を選ぶことになられた方、母親失格だとか、出産に失敗したとか、そんな風に思うことは全然ないですよ、と、ただ、そう言いたかっただけです・・・。
その命は、その選択により、元気にこの世の中に出てくることができるのですから。

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posted by ともこ at 10:00| 北京 | Comment(2) | TrackBack(1) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

入院4日目〜おっぱいトレーニング@北京de出産

腹が裂けそうな痛みに耐え、トイレに行っているうちに、看護師の言う通り、だんだん痛みは弱くなってきた模様。
とは言っても、まだ動けばお腹は傷むし、自力で起き上がるには、腹筋がまだ上手く動かないのですごく時間がかかる上、痛みもあるのだけど、とりあえず寝たきり状態は脱却できました。

そして、入院4日目・手術3日目。
午前中に、王さんというとても親身に対応してくれる、しっかりとした看護師さんが、母乳チェックにやってきた。

「赤ちゃんにおっぱいをあげて」

と言われて、いつものように

「まだ出ないんですけど・・・」

と行ったのだが、王さんが乳頭をむんずと掴むと、白いしずくが・・・。

おぉ〜〜〜〜〜!おっぱいじゃないですかっ!

自分が一番ビックリ&感激。
出るんだね〜。

しかし、おっぱい周りを触っていた王さん、

「すごく張ってますね。痛いでしょ?このままだと明日にはもっと痛くなるから、マッサージをして。」

と言って、マッサージをしてくれ始めた。

ほぼ寝たきりであまり動かなかったので気がつかなかったが、言われてみればおっぱいが張り過ぎて、めちゃくちゃ痛い。
そこを強い力でマッサージされて、もう涙目で超〜痛い!

「痛いっ!!!めちゃくちゃ痛いんですけどっ!!!」

と訴えると、

「放っておくと、もっと痛くなりますよ!」

と言われ、脳裏に“乳腺炎”というワードが浮かぶ。

おっぱいが詰まった状態が長く続くと、乳腺炎というのにかかり、これがまためちゃくちゃ痛いらしい。
しかも、2日程度放っておくだけで、切開手術をしなければならなかった人もいるらしく、痛い上に怖い症状らしいのだ。
それはヤバイ。

王さんにマッサージの仕方を教えてもらっていると・・・

あら?!不思議!!!

今まで“胸”だった部分が、ふっくらとまさに“お母さんのおっぱい”の形に劇的に変化したのだ!

わたしは決して巨乳・豊乳ではなく、妊娠期間中もずっと

(この胸でおっぱいを飲ませるなんて、想像できないんですけど。)

と思っていたのだが、“その時”がくれば、形が変わるのね!
驚いた!
このおっぱいなら、赤ちゃんに吸いついて貰えそう。
人体の不思議!!!

@@@

しかし、マッサージは痛い。
痛いけど、乳腺炎は怖いので、涙を浮かべながらもマッサージをしなければならない。

午後。

再び王さんが部屋に来てくれた。
手には、なんと・・・“自動式搾乳器”を持っている!

王さんに再度おっぱいチェックをしてもらう。

「午前中よりは良くなっているけど、まだ硬いから、これを使って搾乳して。」

と言われ、使い方を教わる。

搾乳ですよ、さくにゅー。

今までこの言葉、でしか聞いたことが無いヨ!

そして、まるで牛のように、乳頭にパカッと装置をはめて、母乳を吸い取らせる。
当然、めちゃくちゃ痛い!!!
心の中で、

上島竜平の罰ゲームかよっ!

と叫ぶ。

「痛いーーーーー!」

と叫ぶと、また王さんから、

「このままだと明日にはもっと痛くなるから!これから明日まで2時間毎に搾乳をして下さい。夜間はもう少し間が開いても良いけど、夜間も2回程度は搾乳して下さい」

と言われる。

搾乳は痛い。
まぢで涙目になる。
でも、乳腺炎はもっと怖い。
しかも、目の前の赤ちゃんに早くちゃんとしたおっぱいを飲ませなくちゃ。

@@@

・・・ということで、この日は「上島竜平かっ!」とか叫びながらも、2時間ごとにがんばって搾乳。

翌朝部屋に来てくれた王さんに、OKをもらいました。
これで、なんとか乳腺炎の危機は脱した模様です。
ふー・・・。

ここで第一段階のおっぱいが開通したようで、赤ちゃんに授乳を開始しました。

*それまでは、看護師はなにも飲ませなくても良い、というのだけど、産まれた翌日の夜になってくると、こんなに長い時間何も飲ませなくても大丈夫なのかと心配になり、看護師からも、それならミルクを20ccほど飲ませて、と言われ、少しだけミルクをあげたりしていました。
というのも、少し前のニュースで、日本の母乳推進の産科病院で、「赤ちゃんはお母さんのお腹から“お弁当”を持ってきているので、おっぱいが出るようになるまで何も飲ませなくても大丈夫」と指導をしていて、新生児が脱水症状か何かになって重症な状態になっている、という記事を読み、そこに「赤ちゃんはお母さんのお腹から“お弁当”を持ってきている」という助産師がいるが、根拠は無いので、母乳を推進するあまり、いつまでも何も飲ませないのは危険、というようなことが書いてあったため、気になったのです。

@@@

授乳を開始、と言っても、そうすぐには上手く行かない・・・。

次に来た、王さんではない看護師さん、わたしの乳頭を見て、

「この形では赤ちゃんが吸い難い。1Fの売店で乳頭サックを売っているから、それを付けた方が良い」

と言われたので、ショーグンに買ってきてもらい、それを装着することに。
(哺乳瓶の乳首のようなものを乳頭に付けるだけのものなのに、1セットで100元もした!)

確かに、これを付けた方が、赤ちゃんは吸いつきやすいみたいだった。
でも、毎回授乳の度にこれを付けるということは、毎度消毒しなければならないし、こんな解決方法で良いの?!と思ったのだけど、まだネットなどで解決方法を調べる余裕がなかったので、とりあえず授乳に慣れないうちは、このサックを利用することにしました。

@@@

・・・という感じで、乳腺炎の危機も脱し、無事におっぱいも出るようになり、“お母さん”への第一歩を踏み出したのでした。

翌日はまだお腹が痛いので歩くリハビリと、授乳の練習に費やし、翌々日の午後12時に予定通り退院。

退院2日前には、今回の入院でわからなかったこと(母乳のあげ方や、今後の予防接種のこと、渡された薬の与え方等)のアンケートと、病院へのアンケートの2つが渡され、入院中に看護師からレクチャーされたけどわからなかった項目については、チェックを入れると、退院日の午前中の空き時間に王さんが来て、ひとつひとつ丁寧に再度レクチャーしてくれました。

入院中、王さんには本当にお世話になったし、最後の最後まですごく親身になって丁寧に教えてくれたので、産後の涙腺が緩んでいることも相まって、別れ際にはわたしには珍しく、号泣。
でもホント、まだ“親”になって数日。
育児に関しては何もわからず、何をするにも不安で不安で。
そんな、暗闇の中を手さぐりで歩いているような心境の中、呼ぶとすぐに手を差し伸べてくれた王さんは、本当に心強い存在で、言葉では表せないぐらい感謝の気持ちでいっぱいでした。

退院前には、病院へのアンケート用紙を渡され、「医師について」「看護師について」「病院スタッフ(食事等)について」「病院について」など細かく記入できるようになっており、しかも最後の最後に、今回の入院の感想をヒアリングしに、年配の女性医師が部屋に来るという念の入れよう。
この医師にも、担当医が親切で心強かったこと、また王さんをはじめとした看護師さんたちもとても親切で、わたしをここで“母親”にしてくれたのは彼女たちです!と伝えておきました。

@@@

話しは戻るのですけど、退院する前の晩、P太郎クンのおむつを替えていると、血便のようなものを発見。
急いでナースコールをし、看護師も慌ててそのおむつをもって小児科医に見せに行ってくれました。
これが午後6時頃かな?

実は、この日の午後5時ごろ、小児科医が部屋に来て、P太郎クンが胎便(お腹にいた時に溜まっていた便。黒い!)以降便が出ていない、と言うと、それはおかしい、と言って、“新生児処置室”に連れて行き、浣腸的な何かの処置をして便を出してくれていました。
その後の便が血便だったので、あの処置、大丈夫だったのかな?と心配になったのです。

処置をした小児科医は帰ってしまっていて、違う小児科医が来てくれたのですが、事情を話すをいろいろと調べてくれて、血便の原因としては、

1.便秘気味だったのを一気に開通させたので、新生児の腸は弱いため、その衝撃で出血をした。
2.なんらかの感染

が考えられるが、触診した感じでは腸に異常は感じられないので、一応血液検査をします、と言って、P太郎クンを連れていき、採血。

生後数日で感染なんて嫌だなぁ・・・と思っていたら、午後9時過ぎ、先程の小児科医が検査結果を持ってきて、異常は出ていない、という。
恐らく「1」の原因だと思われるが、まだ特定できないので、また血便が出たら採取しておくように言われました。

その後も最初程では無いにしろ、便に血が混じっていて、明日退院する身としてはすごく心配に。

結論としては、退院時までに血便は収まったのだけど、腸が弱いのかも、ということで、小児用の消化器系の薬をもらい、退院後も継続服用するように言われました。
また、退院の日の朝早く、再度採血をし、念入りに検査をしてくれました。

夜間でも面倒くさがらずに丁寧に対応してもらえて、これもとても心強かったです。

@@@

アムケア―で過ごした5泊6日は、まさに“親になるための合宿”のような日々でした。

わたしたちは、まずおむつの替え方もわからない。
なので、最初にP太郎クンが泣いた時、ナースコールをして看護師を呼び、おむつの替え方を教わりました。そして、次は自分たちでやってみる。
何か失敗したり、分からないことがあれば、ナースステーションまで聞きに行き、再度教えてもらう・・・その繰り返し。

個室でP太郎クンもずっと一緒なので、自分たちでやってみて、出来なければ教えてもらう・・・その繰り返しができたことが、本当に良かったと思います。

また、日本の病院だと、病院でのことは看護師さんがほぼ全てやってくれることが基本だと思うのですが、中国では家族の付き添いが前提なので、家族でフォローできる部分はフォローしてね、というスタンスがあります。
なので、付き添いの人の仕事量は結構多く、医師や看護師とのやりとり、急に出てきた同意書へのサイン等も多々あったため、付き添いの人も中国語(この病院の場合だと、英語と韓国語は通訳がいるみたいですが、スタッフ全員ができるわけではないので、入院中の細かいやりとりはやっぱり大変になると思います)ができないと大変だったと思います。
その上、わたしが動けない間は日夜問わず、P太郎クンのお世話や、動けないわたしの介護的仕事も出てくるので、体力が無いと入院期間中、もたないと思います。
なので、やっぱり日本から来た家族だけが付き添う、というと、中国の病院のシステム的にはちょっと厳しいかな、と思いました。

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入院している間に北京はすっかり零下の世界になり、グっと寒くなっていました。

来た時と同様、この日も御近所のSさんが車で迎えに来て下さり、P太郎クンをご披露しつつ、車に載せて頂き、無事に帰宅。
(すごく寒かった上、荷物も多かったので、Sさんには本当に感謝です!)

これからはナースコールができないんだ、と思うとすごく不安だけど、みんな第一子が産まれた時は同じだよね、と思い、とにかくこれからはP太郎クンを無事に育てなければ!!!と思ったのでした。


20111207.JPG
退院セットに入っていた赤ちゃんの退院時用の服セットと
厚手のアフガン(下の動物柄)。
特にアフガンは、家でフル活用しています。



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posted by ともこ at 22:00| 北京 🌁| Comment(6) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

入院3日目*自力歩行のリハビリ@北京de出産

入院3日目、手術2日目。
麻酔が切れて来て、痛みも本格化。

そんな中、午後早い時間に看護師がやってきて、尿管カテーテルを抜く、という。
尿管カテーテルを抜けば、当然ながらトイレまで歩いていかなければならない。

無理!!!
絶対にまだ無理!!!

午前中にも看護師から、

「動いた方が痛みが早く引くので、ベッドの上で右や左に転がるようにして下さい」

と言われてちょっと自己リハビリしてみたのだけど、なんせまだ下半身にシビレがあるので、自力では転がれず、ショーグンに腰やら肩やら頭やらを押してもらって、右向きになるのに15分、左向きになるのに15分・・・って感じで、それも超〜痛いのを我慢して。

なので、トイレまで自力で歩くなんて、無理!!!

・・・と、看護師に訴えてみたが、無常にもカテーテルは抜かれ。

ただ、余りの痛さと疲労で食欲も無く、水分も殆ど摂っていないため、尿意はすぐには来ないと予想されたものの、炎症止めと子宮収縮を促進させる(?)点滴を打っているため、遅かれ早かれ尿意はやって来るだろう。
どう考えても起き上がる事さえ困難なので、激しい尿意には耐えられそうもないことから、早めにトイレに行ってみることにした。

まず、ショーグンに頼んで起こしてもらおうとするが、どうにもこうにも力が入らないため、ナースコールをして、起き上がり方を教えてもらう。

看護師の肩につかまるも、お腹が裂けそうな激痛が走る。

「痛っ!!!超〜〜〜〜痛い!!!こんなに痛くて大丈夫なんですかっ!!!」

と看護師に訴えると、

「大丈夫ですっ!皆さん最初に置き上がる時はこれぐらい痛いんです。正常な反応です!」

と自信満々に言うので、「そっか」と合点し(?)、涙目になりながら起き上り、便座まで約5mの道のりをゆっくりゆっくりと歩行。
なんとか用を済ませ、ベッドに生還。

無理かと思ったが、やればできた。
手術の日から歯も磨いていなかったのでついでに歯磨きも。
ただ、まだ前かがみにはなれないので、洗顔は無理だった。

@@@

数時間後、今度はショーグンの肩を借りて再度トイレに。
1回動いているので、前回ほどの激痛は走らず、無事に用を済ませることができた。
看護師からは、その調子で部屋の中を歩き回ってネ!と言われたが、そこまでの元気は無い・・・。
理学療法のリハビリって、こんな感じなのかしら・・・。

@@@

まだ自力で動くには激痛が走り、ギャッチベッド(背中部分が起き上がるやつ)を利用しなければ起き上がることもできなかったけど、とりあえず歩けるようにはなった。
いやぁ。
朝の時点では、絶対に無理!て思っていて、このままだと予定日に退院できないんじゃないか・・・と心配になっていたのだけど、厳しいリハビリのおかげで、意外と早く動けるようになりました。

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・・・と思っていたら。
翌日、また“痛い試練”がっ!!!

毎日新たなタスクが降りかかるのでした・・・。

〈つづく〉

20111203_2_03.JPG
病院の食事は中華か洋食が選べ、洋食だと「アニーズ」からのデリバリーになる。
入院3日目は洋食をセレクト。
とは言っても、わたしは食欲ゼロなので、全てショーグンが食べたんだけど。
ショーグン曰く、アニーズのテイクアウトのタッパーに入れられていて、
特に産科向けに用意された献立風でもなく、
味気ない・・・と。

この日は、サラダ・松の実入りパスタ・アップルパイ



20111204_2_06.JPG
夕食は、キノコリゾット・キノコスープとサラダ。

結論として、中華のほうが美味しいし、
栄養もあるんじゃないか、ということで、翌日以降
中華に戻した。


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posted by ともこ at 19:02| 北京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

入院3日目*麻酔が切れて来て…。@北京de出産

大工仕事のような手術も無事に終了し、胸から下は麻酔で麻痺したまま、病室で過ごした入院2日目。
さっきまでお腹に入っていた子が、今は目の前でごにょごにょ動いているという不思議。

手術した日の午後は、この9カ月間お腹の中で育ててきた我が子を眺めて過ごしていましたが、なんせ今までずっと夫婦二人の生活だったので、ともすると“もう一人いる”ということを忘れてしまいがちに・・・。

食事の時もメニューに気を取られ、すっかりP太郎クンの存在を忘れていたら、後ろのベビーベッドから激しく口をくちゅくちゅさせる音が!

「あ・・・。キミもいたんだったね」

と、改めて気が付く感じで。

激しく存在をアピールするP太郎クンでしたが、この時点で母乳はまだ出ないし、看護師からも今はまだ何もあげなくても大丈夫、と言われていたので、P太郎クンには悪いけど、大人2人だけで食事をさせてもらいました。

@@@

そして、夜。
だんだん麻酔が切れてきたようで、少しずつ痛みを感じてきました。
それでも、夜12時ぐらいまでは、まぁ我慢できる感じで。

麻酔は切れて来ているんですけど、子宮収縮の痛み止めとして、背中(たぶん脊髄)に針金のような針?を通したままで、そこに微量の麻酔を再度注入しているようでした。
枕元に、その麻酔の調整ボックスが置かれていて、

「痛みが酷くなったら、黄色いボタンを押すと、薬が多めに出るので、自分で押して下さい」

と言われていたので、深夜2時頃、ちょっと痛みが強くなってきたので、黄色いボタンを押してみると、薬の量がシューっと増えて、確かに痛みが少し和らぐ。

ただ、痛みの強さのほうがどんどん強くなっていき、明け方5時頃、痛みは強いし、黄色いボタンを押しても痛みが引かない上に、このボタンは連打できないようで、5分程度間を空けないと押せなくて、痛みで脂汗が出て来て、我慢できない状態になり、ナースコール。

すぐに来てくれた看護師に、「痛すぎて我慢できないんだけど、他に痛み止めの薬は無いのか?」と聞くと、

「これは子宮が収縮している痛みで・・・」

と、痛みの説明をし出す。
いや、それはわかってるんだって。
なんで痛いのか聞きたいんじゃなくって、痛み止めは他にあるのか聞いてるんだって!

「痛みの理由はわかっています!そうじゃなくて、痛み止めの手段は他にあるんですか?無いんですか?無いんだったら、仕方ないので我慢しますけど、物凄く痛いんです!!!」

と半ば叫ぶように言うと、

「あります」

と言って、部屋を出ていった。

@@@

1時間ちょっと経った、午前6時過ぎ。
部屋に麻酔医がやって来た。
この1時間ちょっとの間にも痛みはさらに加速して、唸り声を上げないと我慢できないぐらいに。
意識も朦朧とし始めて、痛みで気を失うんじゃないか、と思い始めていた。

医師に再度、「痛すぎて我慢できないんだけど、他に痛み止めの手段は無いのか?」というと、またこの医師も、

「これは子宮が収縮している痛みで・・・」

と、痛みの説明を始める。
目の前で脂汗をかいて唸っている人を前に、よく説明ができるよね・・・。
(あ〜・・・やっぱりここは中国なんだ・・・)と思いながら、再度、

「痛みの理由はわかっています!そうじゃなくて、痛み止めの手段は他にあるんですか?無いんですか?」

というと、

「あります」

と言って、部屋を出ていき、約20分後に手術の時にしたぐらい強めの麻酔を再び脊髄から入れてくれ、それで痛みはだんだん楽になって来た。

いやね、後陣痛っていうのも痛いのはわかってますよ。
帝王切開で切っているだけじゃなく、子宮の中も8か所もメスを入れているわけだから、たぶん、通常の帝王切開より痛みが強かったんじゃないか、と思うんですよね・・・。
わたし、痛みには結構強い方だと自負しているのですが(一般的に、女性は男性より強いですよね)、今回の痛みは、正直、人生で最も強い痛みでした・・・。
陣痛を経験していない分、後陣痛はがんばらなきゃいけないのかもしれませんけど、いや・・・あの痛みはやっぱりムリでした。

@@@

ところで、入院前に、病院に何を持って行けば良いのか日本のサイトなどで調べたところ、「産褥ショーツ」というのがほぼマストアイテムに入っていました。
これは、産後直後から始まる悪露の手当をしやすいように、クロッチ部分が開閉できるショーツなんだけど、中国の赤ちゃん用品専門店には売っていない。
売っていないってことは、不要ってこと?!と思い、以前同じ病院で出産された方にお聞きしたところ、この病院では、出産後はショーツは履かず、ベッドに防水シートみたいなものを敷いて、そこの上に直接寝て、あとは看護師さんが手当てをしてくれるため、産褥ショーツは不要、と教えて頂いきました。

ちなみに、ママのパジャマも、あかちゃんの服も全部病院が貸してくれるので、入院時に持って行くものは、洗顔用品ぐらいがマストアイテムぐらいでした。(それも、石鹸は置いてあるので、何でも良ければ不要かも)
あとは、母乳が出ない時用の粉ミルクも、一応病院提供があるのだけど、中国製は飲ませたくなかったので、日本で買って来た粉ミルクと哺乳瓶(「楽友」にてピジョンの「自然実感」(寛口)を購入。たぶん、日本で言う「母乳実感」だと思う)も持参しました。これも、先輩ママさんから、寛口(広口)の方が洗う時に便利だと教えて頂きました。

※ミルクは、キューブタイプの「ほほえみ」を持って行ったら、これが看護師の注目の的!
「日本はこのタイプが主流なのか?」
「これはいくら?」
と、質問攻めに。
キューブタイプは明治だけが出している新型の粉ミルクで、1キューブ40g(2つにわけることができる)で計量しなくても良いというのがとっても便利♪


☆このタイプを買ったのは、新製品で便利だから…という点よりも、形状が一般的な粉ミルクと異なっているからです。
というのは、前回の帰国時(2011年8月)、北京に日本の粉ミルクを持ちこむことが困難な状態だったため、中国でも販売されている粉ミルクの缶だと北京の空港で没収される恐れがあったため、一見ミルクとはわかりにくい、箱に入ったタイプを選んだのです。
(この時点では、粉ミルク持ち込みの制限は、日本の口蹄疫の影響のためで、放射能による食品輸入制限はまだかかっていませんでした)
詳細は、過去ブログ参照。

BOOK『最強母乳外来』で励まされました☆


他に、持って行って良かったのは、電気で沸かすポットです。
飲水器のお湯を直接飲みたくなくて持参したのですが、これはミルクを作る時にお湯や湯ざましを作るのに活躍しました。

母乳が上手く出ないとき、最初だけ少し粉ミルクを飲ませたのですが、看護師が飲水器のお湯と水でミルクを作ろうとするので、慌てて湯ざましと一旦沸騰させたお湯を使うように言って、その後自分たちでミルクを作るときも、それを使いました。
ポットが無かったら、飲水器のお湯しかなく、衛生面でもちょっと不安なので、沸騰させることができて良かったです。

あと、使用後の哺乳瓶ですが、一応共有スペースに水蒸気で消毒できる機械があるのですが、それが性能的にちょっと不安だったことと、その前には水洗いしかできないことが不安で、ショーグンに家から、新品のスポンジと哺乳瓶などを洗う用の専用洗剤を持ってきてもらい、まずそれで洗ってから、水蒸気式の消毒機械に入れていました。

日本では、新生児の衛生面はかなり神経質に注意するみたいですが、やはり中国では、そこまで徹底はされていないため、その辺は自衛が必要だと思いました。
(哺乳瓶の消毒は、日本の産院の多くは、消毒液を使う方式を採用しているみたいですね。この病院の水蒸気式は、水蒸気という点は良いんですけど、その水が機械の下に溜まっているのが不衛生な感じがしたのと、水蒸気用の水に水道水を使っていると、哺乳瓶に白い粉が付着するのがちょっと気になったので、自分が使うときは、溜まっている水を全部捨てて、飲水器の水を入れて蒸気を出させていました)

@@@

病院の朝は早い。
通常でも、6時から検温やら脈の測定などが始まり、その後、点滴だとか、P太郎クンには小児科の先生が様子を見に来たりだとかで、午前中は寝る時間が無い。

上述の産褥ショーツのところで書きましたが、この時点で下半身はまだ自力では動かせないので、悪露等の手当ては看護師に任せっ切り。
看護師さんも1時間に1回程度来てくれて、手当てをしてくれる。
また、時折、信じられないぐらいお腹をぐわ〜〜〜〜〜ぁと押して、お腹の中の悪露を出している。
この光景をショーグンが見ていて、

「信じられないぐらい押していたよ・・・。内臓潰れるって!!!ってぐらい・・・」

と、ちょっと引いていました・・・。
まだそれでも麻酔が効いているので、どれだけ押されても痛みは感じず大丈夫だったのですが、そうでなければ『北斗の拳』級に「ひでぶっ!」とか叫んでいたと思います。
また、悪露を早く出させるためか、手術翌日の午前中は、お腹の上に重石まで置かれていました・・・。

★記憶が定かでなくなってきているのですが、麻酔の状態からして、お腹を強く推されて悪露を出されたりしたのは、手術した日の午後のことだったかもしれません。
順番が前後してしまいましたが、まぁ、そんなことがあったのね・・・と思って読んで下さい。<(_ _)>


@@@

そんなこんなの手術2日目。

まだまだ試練は続きます・・・。

〈つづく〉

@@@

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posted by ともこ at 22:41| 北京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

入院生活2日目・いよいよ手術となりました2@北京de出産

帝王切開の手術は平和に終わり、感動の母子対面も終了。

このあとは、子宮筋腫摘出手術に入ります。

特に退出指示も出されなかったため、自動的にショーグンは手術室に残り、結果、その後の手術を目撃することに。

日本ではどうなのかわからないのですが、さすが中国と言うべきか・・・わたしが開腹手術をしている間、ショーグンは自由に手術室内を歩けたので、わたしの手術の様子もちょっと覗いてみたりできたわけです。
自由やね〜。
アメリカより自由やね〜。(←アメリカがどうなのか知りませんが・・・^^;)

わたしが手術を受けている写真もあるのですが(遠くから写しているだけですが・・・)、生々しいのでupは止めておきます・・・。

@@@

で、子宮筋腫摘出手術なのですが、帝王切開で開いている長さって、15センチほどなんですね。
そこの傷口(?)から、なんと・・・子宮を出して、わたしの腹の上で手術を行っていたんだそうで・・・。^^;

ショーグン、最初は、

(あの、腹の上に乗っているドッチボールみたいなものは何だろう?)

って思ったそうで、まさか腹から内臓を出して手術しているとは想像できなかったそうです。
この時点で子宮は出産前よりはしぼんでいるとはいえ、通常よりはかなり大きく、ショーグンからみたら“ドッチボール大”に見えたそうです。
そういえば、前日の麻酔医との会話で、

「帝王切開後、子宮が正常に縮めばそのまま筋腫摘出手術が行える」

と言っていた意味がこの時わかりました。
子宮が縮まなければ、傷口から子宮を出せないってことだったんですね。

手術は、筋腫の根っこを最初に縫って縛って、その後筋腫を取って・・・の繰り返しだったようで、確かにわたしも、何度も縫われているなぁ、とは思っていました。

そして、筋腫を取った後・・・これまたなんと!バールのようなもので15センチの傷口へ子宮をモリモリ押し込んで入れていたそうです・・・。

手術室で一部始終を見ていたショーグン曰く、

「(手術の大胆さに)俺はまぁ平気だったけど、あぁいうのが苦手な人は、見たら貧血起こすかもね・・・。」

と。

そして、そのダイナミック(?)な手術が行われている最中、わたしは当然ながら胸から下に関しては無感覚な上、手術の光景は見えないわけで、めっちゃ普通に、

「赤ちゃん、ちっちゃいね。可愛いね♪」

と平和に話をしているのがある意味不気味で恐ろしく、これが信頼できる病院の手術室で無ければ、

「お前ら、何やってんだーーーーー!」

と、止めにかかりたくなるような一種、ホラーあーんどグロテスクな光景だったそうです。
(手術の光景って、実際には大工道具みたいなものを使う、とは聞いていましたが、まさにホントでした!)

@@@

ということで、ショーグンに文字通り“腹の中”まで見られたワタシ。

手術は全部で50分ぐらいだろう、と言われていましたが、予想外に筋腫が多かったため、全部で1時間半かかりました。
摘出された筋腫が並べられていたのですが、手術室内を自由に歩けたショーグン、その写真もバッチリ撮っておいてくれました。

・・・超グロいっす・・・。


特大のアボカド大の筋腫が1個あって、見るからに固そう。これが、大きくてグロい。
他は、マスカット大程度で小さめのが7個。
小さいけれど固そうです。
これも写真がありますが、グロすぎるのでupは控えておきます・・・。
デジカメには画像が入っているので、リアル知人で見てみたい方は、わたしに会った時に言って下さい。
筋腫画像、お見せします。

そういえば、妊娠後期、バスタブに浸かっているとよくP太郎クンが動いて、胸の下あたりにボコっと硬いものが突き出してきていました。

「これ、Pちゃんの足かな(はーと)」

な〜んて言っていたのですが、場所的に、筋腫(大)でしたね・・・。
お腹の中で大きくなったP太郎クンが筋腫を蹴っていたんですね・・・。
確かにめっちゃ硬かったです。

「筋腫と妊娠」については、また別途妊娠期間中に調べたことなどをまとめて書こうと思っているのですが、筋腫は女性ホルモンで大きくなるので、妊娠と共に大きくなるそうです。
わたしの筋腫も、妊娠初期は4cm程度だったものが最終的には8cm以上にまでなりました。
妊娠と共に大きくなり、出産後はまた縮むため、摘出しない、という選択もあります。

ただ、わたしの場合、アボカド大とかなり大きくなっており、これが出産後、摘出しないとどれだけ縮むのか・・・てか、こんなに硬くて縮むのか?!と思いましたが。

筋腫を摘出するメリット(?)としては、筋腫による生理痛があった場合、それが軽減される、とか、まぁ無いに越したことは無いので、心配の種が減る、ということがあると思います。
ただ、摘出しても、また再発する可能性は大きいそうです。

摘出しない場合、筋腫も縮むので、生理痛などの痛みが無い場合、閉経までそのままにしておく、或いは摘出の手術をしないので次の妊娠まで期間を置かなくても良い、ということがあると思います。
場所が悪くなければ、筋腫は妊娠そのものにはそれほど大きな影響は与えないようです。

子宮筋腫摘出手術前に医師からは、

「実際に取ってみないとわからないけど、筋腫の根が浅ければ次の妊娠をするとしても1年後、根が深ければ2年後」

と言われていたのですが、手術中、再度医師から、

「筋腫、大きかったので、次に妊娠するとしたら2年後ね」

と言われました。

42歳の妊婦に、次の妊娠のことを言ってくれるって、なんだかとっても嬉しかったです。
実際にわたしに“次”があるかどうかはわからないのですが、中国では日本以上に高齢だと思われているはずのわたしの出産を、普通に受け止めてくれているこの先生で、本当に良かったです。

中国の普通の産科病院に行くと、妊娠がわかった時、まず医師から、

「要不要?(いるの?いらないの?)」

と聞かれた、という話しを良く聞いていたので、40を過ぎて、もう次は無いだろう、と勝手に判断されない、というのは、実際に次を産もうと思っているかどうかは別にして、やはり嬉しいものです。

@@@

・・・という感じで無事に筋腫摘出手術も終了し、再びストレッチャーに乗せられて、今度はP太郎クンも一緒に部屋に戻りました。
以後、P太郎クンとはずっと一緒の部屋で過ごしました。

この時点で午前11時半。
まだ麻酔がしっかりと効いているため、下半身は全く感覚が無し。

午後、看護師さんがやってきて、P太郎クンに授乳するように言われました。

「まだおっぱい出ないんですけど。」

と言ったのですが、出なくてもいいから吸わせてあげて、と言われ、麻酔の影響で起き上がれないため寝たままおっぱいを吸わせてみました。
案の定、おっぱいはまだ出ないのですが、P太郎クンは上手に吸いついて来て、なんだか健気でした・・・。
早くおっぱいが出ますように!

この日の午後は、ふにゃふにゃのP太郎クンを眺めながら、

「産まれたね〜」

と感慨にふけって過ごしていました。

その後、地獄の痛みは麻酔が切れてきた深夜から始まったのです。

20111225.JPG

今日はクリスマスですね☆

ってことで・・・


メリーーーーー。・:*:・゚`★(o≧□≦)o☆.。・:*:・゚`クリスマーーーーース!!!!! 


出産後、病院からお祝いのケーキを頂きました。
ホールって・・・。

中国人の妊婦さんは、家族や親戚がたくさん来ているからね。



20111203_2_04.JPG
病院の掲示板にメッセージを貼ってくれます。


20111203_2_05.JPG

出産翌日には、もう我が家の名前が貼られていました☆
嬉しいよね〜。
3ショットの写真も撮ってくれて、これは42日検診の時のタイミングで、
外来の掲示板に写真掲載してくれるそうです。


20111203_2_11.JPG

入院2日目(手術当日) 昼食

“廣禾堂”はやはり妊婦さん専門の薬膳レストランでした。
薄味で殆どのものはとっても美味しかったです。
毎回、母乳に良いと言われるスープがたっぷりと、
サンザシかナツメの甘いスープも付いてきます。
(台湾系のレストランなので、スープ系がどれも美味しかったです)

(量が多いので、いつもショーグンと2人で食べていました)

廣禾堂:団結湖北五条にある北京市婦産医院の近くに
レストランがあるようです。



20111203_2_12.JPG

入院2日目(手術当日) 夕食

医師からはこの日はお粥とスープを食べるように言われていたのですが
食事は個別に配慮したものはデリバリーされないため、
3時のおやつに出てきた粟のお粥と夕食のスープを少しだけ食べました。
(残りはショーグンが食べてくれました)


〈つづく〉

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posted by ともこ at 12:00| 北京 | Comment(2) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

入院生活2日目・いよいよ手術となりました@ 北京de出産

『入院生活2日目・いよいよ手術となりました』日記でございます。

個室で尿管カテーテルを入れられ、一気にガクブル状態となったわたし。
その15分後、ストレッチャーがやってきて、階上の手術室へと運ばれて行きました。

その後、わたしは手術室に入り、ショーグンはOKが出るまで一人で廊下で待機。

20111203_2_01.JPG
ぽつねん・・・
タイマーで撮ったらしいです。


わたしは噂には聞いていた、横向けになって背中を丸めて・・・という脊髄に麻酔を打たれ、次第に足の感覚がなくなり、最終的には胸から下の感覚が無くなってきて、いよいよ手術開始のようです。

日本で帝王切開をされた方のブログを以前に読んでいたのですが、半身麻酔でもお腹の中を触られている感覚はあって、ちょっと気分が悪くなった・・・という方もいて、気分が悪くなることを恐れていたのですが、“お腹の中を触られている感覚”なんて全く無し。
いつメスが入ったのかもわかりませんでした。

その後の時間感覚や前後関係ははっきりとは覚えていないのですが、時折、担当の医師が

「ともこ(←名前で呼んでくれていた)、大丈夫?」

と呼びかけてくれて、

「大丈夫」

とか答えたことは覚えています。

そんな感じで少しすると、一瞬、物凄く息が苦しくなって、

「あ!息が…苦しい!!!」

と言ったら、先生が、

「今、産まれるよ〜」

と言ってくれて、次の瞬間、

「今、ママになりましたよ〜」

と教えてくれ、息の苦しいのもスーっと去り・・・。

(健康で産まれてくれたのかな・・・)

と思った瞬間、あの、


おんぎゃー!

という、赤ちゃんの声が!!!

あ〜・・・今、産まれたんだ!元気な声が出て良かった〜〜〜〜!!!

姿はまだ見えない赤ちゃんの泣き声を聞きながら、そう思ったのを覚えています。

ここでショーグン、手術室へ入場。

へその緒の処理をされ、洗われて、アフガンにくるまれた赤ちゃんを、最初に見たのはショーグンです。

その後、看護師さんが赤ちゃん(←この時点ではまだ名前は決定していなかったので。お腹の中にいた時の“あだ名”で呼んでいました)を抱っこして、まだ開腹中のわたしの頬に、赤ちゃんの柔らかい頭をくっつけてくれたことも覚えています。
あったかい頭が頬に触れた瞬間、産まれたんだぁ〜!と、安心し、手術の緊張も何も解けてしまいました。

そのまま赤ちゃんは手術室内でビタミンKとBCGの注射を打たれたようで、ショーグンがその場で同意書にサインしたそうです。
その後は、ショーグンがずっと抱っこ。
なので、P太郎クンと最初に会ったのも、抱っこしたのも、パパの方が先です。

わたしはこの後、子宮筋腫の手術があるのでまだ開腹中だったのですが、上半身は普通の感覚なので、枕元に座っているショーグンに赤ちゃんを見せてもらいながら、

「ちっちゃいね」

「元気だね」

と普通に平和に話をしていました。

この時、既にP太郎クンはお口をもにょもにょさせて、おっぱいを吸う形をずっとさせていました。
赤ちゃんは生まれた直後から、本能としておっぱいを吸えるようになっているんだなぁ、と、感激しました。

@@@

・・・と、こんな感じで、帝王切開の手術は20分ほどで平和に終わりました。

そして、この後引き続き子宮筋腫摘出手術が行われました。
ショーグンはここで退出かと思いきや、とくに退出命令も出なかったため、引き続きわたしの枕元でP太郎クンを抱っこして待機。
・・・ということは、わたしの子宮筋腫摘出手術も丸見えだったわけで・・・。

次回は、「俺は見た!衝撃の子宮筋腫摘出手術?! byショーグン目撃談」をUPしたいと思います。

ではでは、皆様、

メリークリスマス


楽しいクリスマスをお過ごしください♪

20111224.JPG
アフガンでくるくる巻きにされて眠るP太郎クン@am care


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posted by ともこ at 15:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

退院13日目と我が家のイクメン@北京

お久しぶりでございます。

ブログやメール、ショートメッセージ等で温かいメッセージをたくさん頂いているにも拘らず、なかなかお返事ができず、申し訳ございません!
ブログのコメントを始め、全て感謝の気持ちいっぱいで読ませて頂いております。

12月7日に退院してから13日間が過ぎましたが、早かったのか短かったのかもわからず、日々昼夜問わず授乳に追われ、時間の感覚がありませんでした。
あっという間の13日間だったのかな・・・?
でも、日々感動と驚きと戸惑いと涙(←おっぱいが上手く出なくて・・・。今はなんとか軌道に乗りました!)の詰まった13日間でした。
この件についても、また順を追ってブログにUPしていきたいと思っています。

ブログの更新の方も、わたしの体調を気遣って、PCの前に座る時間があったら寝ていて下さい、とメールを下さる方もいらっしゃり、本当に有難く思っております。
本当に、この13日間はPCの前にまとまった時間座る余裕も無かったのですが、ときどきホコっと時間ができたりするので、そんな時間ができた時、ブログをUPしていきたいと思っています。

なんせ、この13日間・・・入院期間を合わせれば、12月に入ってからの殆どの時間、ショーグンとしか話をしておらず、今はショーグンか我が家の新メンバー・P太郎クン(仮名)に話しかけるだけの日々。
ブログは決して義務感とかそういうのではなくて、わたしの数少ないアウトプットの機会、外部とのコミュニケーションの機会として、一種のストレス解消の手段にもなっているのです。
決して睡眠時間を削って書いていたりはしないので、心配なさらないでくださいね。
PCの前で無心で文章を書くことで、いろいろとスッキリできる、これもわたしにとっては大切な時間のひとつなんです。
自分にとって無理なことは、しないようにしていますから・・・。
(というか、授乳に体力を吸い取られて、無理はできないです・・・^^;)

今は、わたしは授乳に没頭させてもらっていて、家事のほぼ全ては、ショーグンがやってくれています。
今まで家事は殆どやったことがないショーグンが、ちょっと驚くほど奮闘してくれています。
まさに、“イクメン”ぶりを発揮してくれていて、わたしは本当に授乳以外のことは休ませてもらっています。
なので、退院後は一歩も外出はしていないし、炊事も掃除も一切していません。
これが、我が家的“坐月子”(←中国式の出産後1カ月の休養期間)です。

昼夜無しの新生児の授乳なので、わたしも昼夜無しの授乳生活。
最初はキツかったですが、だんだん慣れてきました・・・。
P太郎クンにとっても一生に数カ月間だけのことなので、わたしも存分に付き合ってあげようと思っています。


20111220_1.JPG


生後17日目のP太郎クン、体重もちょっとずつ増えて来て、母子ともに元気にやってます♪


20111220_2.JPG
お風呂に入れるのはショーグンの担当。
これが結構大変なんだよね。
初日はお約束通り、P太郎クンをドボっとお湯に落としました・・・。
P太郎も負けずにうん〇をバスタブの中でかましました・・・。



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posted by ともこ at 21:27| 北京 | Comment(8) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

退院しました!育児でてんやわんや中!@北京

お久しぶりでございます。

温かいコメントをたくさん頂き、本当にありがとうございました!!!(;O;)<(_ _)>(;O;)

また、携帯にメッセージを下さった方、メールを下さった方、本当にありがとうございます!

本来でしたら、おひとりおひとりに感謝のお返事をお書きしたいのですが、傷の痛みと初育児のてんやわんやで全くPCの前に座る時間が無く、この場をお借りして、みなさまおひとりおひとりに感謝の気持ちをお送りしたいと思います。


本当にありがとうございました!!!

いろいろな場所にいらっしゃる方々からこんなにたくさんの祝福を頂くことができ、新しい命は幸せ者です!
みなさまの祝福を受け、今、我が家で、新米パパ・ママたちに翻弄されつつ、がんばって生きています。

@@@

手術直前のUPまでは、けっこうヨユーをかましていたのですが、あの記事UPの直後、尿管カテーテルが始まり(手術室でやるのかと思ったら、病室でやるのね・・・)、その15分後、ストレッチャーに乗せられて手術室へ。
42年間の人生に置いて、骨折無し・縫ったことも無し・当然入院経験も無いわたしは、尿管カテーテルの段階からガクブル開始・・・。

ここから、予想をはるかに上回る手術風景(ショーグン@手術室が全てを見ていた!一部写真アリ)→出産の感動→痛みとの戦い→リハビリ地獄→退院、と相成りまして、今後、この辺のことを少しずつ時間を作ってUPしていきたいと思います。

今回の手術は、帝王切開のあと、部分麻酔のまま子宮筋腫摘出を行いました。
どれだけ摘出するかは、開けてみないとわからない、ということだったのですが、結果、

アボカド大1個、マスカット大7個、計8個

の筋腫が摘出されました。(;O;)

こんな筋腫たちと一緒に、赤ちゃんは9カ月間、狭かったろうに、よくがんばってくれました!!!(;O;)(;O;)(;O;)

おそらく、その時入院していた妊婦の中では最高齢で、しかも筋腫8個ということで、医師も看護師も、「筋腫、8個もあったんだって?!」と術後はかなり話題となっていました。

そんな怒涛の5泊6日の入院ライフ、たぶん亀速度のUPになると思いますので、ときどき思い出したら、覗きに来てみて下さい♪

ではでは、新メンバーともども、
今後とも宜しくお願いいたします!<(_ _)>(^o^)丿<(_ _)>


20111210_02.JPG


この小ささ!まさに“天使”!
もう、メロメロ・・・・



20111210_01.JPG




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posted by ともこ at 16:50| 北京 | Comment(9) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

取り急ぎご報告

ショーグンの代筆です。

無事元気な男の子が産まれました。
ともこの手術も無事終わり意識もはっきりしています。

暖かいメッセージを下さった皆様ありがとうございました。

取り急ぎご報告まで。


ショーグン




パァパなのだぁ〜♪

posted by ともこ at 13:01| 北京 ☀| Comment(29) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院生活2日目:まだ産まれていません!@北京

おはようございます☆

朝、起きてブログを見たら、コメントをたくさん頂いておりました!
ありがとうございます〜〜〜〜☆(;O;)

後ほど、落ち着いたらお返事書かせて頂きますね!

@@@

本日は、朝6時過ぎから7時ぐらいまでの間に、薬品パッチテストや採血、血圧、体温、胎動チェックなどの検査。
その後は寝ていていいですよ〜と言われたけど、緊張しているし、外も明るくなってきたので、もう寝られず、起きてPCを開けたという次第。
なので、
まだ産まれていませんよ〜。

朝5時頃だったかな?廊下から赤ちゃんの泣き声が。
産まれたてだったのかなぁ。

わたしが今までに聞いたことがある赤ちゃんの泣き声って、一番小さくても生後2カ月ぐらいの子のものだったので、もっと力強かったけど、このとき聞こえたのは、なんかもっとひ弱くて、小さな身体中で泣いている感じで、なんだかスゴイなぁ、わたしも数時間後には、あぁいう泣き声を聞けるのかしら・・・と思って聞いていました。

@@@

昨晩の夜食以来、飲食禁止なので、お腹が空きますが、今は絶食。

ショーグン用の食事が届けられたので、写真だけ撮っておきました。
あぁ〜・・・良いにおい!
お腹空いた・・・。

20111203_1.JPG
“廣禾堂”と書かれているので、ここからのデリバリー?
“月子餐”という、妊婦さん用食事のデリバリーレストランなのかな?
1人分ずつ、こんな保温ケースで運ばれてきます。

20111203_2.JPG
保温パッケージ入り。


20111203_3.JPG

カボチャのお粥・餅(びん)
茹で落花生とセロリの和え物
ゆで卵


昨夜の晩御飯時にはショーグンはいなかったので、

「ご飯、どう?」

って聞いたら、

「でら、旨い!」

とのコメント。

ホント、このご飯、美味しいんです!
早く回復して、わたしもご飯食べた〜い☆

@@@

ってことで、もうじき看護師さんが呼びに来てくれると思うので、ここで一旦失礼します!

ではでは〜(^o^)丿

20111203.JPG
本日の空。
昨夜の雪が晴れて、北京では珍しいほどの晴天です☆

撮影:ショーグン


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posted by ともこ at 09:16| 北京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 高齢出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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